2012年2月12日日曜日

アルバート・ユーミン・リン ~チンギス・ハーンの墓を求めて~

スターケーブ
 探検家はチンギス・ハーンの墓を目指して「スターケーブ(StarCAVE)」のドアを開ける。一歩踏み込むと、そこはどこを向いても荒野の世界。彼は足元に並ぶ岩に気付いて身をかがめる。どうやらきっちりと長方形に並べられているようだ。灰色の堆積物の斜面に緑色のコケ類が不規則に生え伸びた中で、岩が形づくる秩序は異彩を放つ。メモを記した後、はるかかなたの山の峰に顔を向ける。次の目標を見定めた探検家は、時速数百キロに加速して山頂の古代神殿へ飛ぶ。

 もちろん、これは現実ではない。5面の壁に囲まれたスターケーブが作り出すイリュージョンだ。スターケーブは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)内、最新の耐震設計が施された研究室に鎮座している。中に入ると、巨大な3D投影システムが、コンピューター合成の分子構造や、建築CAD図面、今回のようなモンゴル北部の高解像度衛星画像を映し出す。その世界に完全に入り込むことができる「没入型」のバーチャル技術である。探検家がしゃがんで調べるのは岩ではなくピクセル単位のデータであり、移動する場合も実は立ったままだ。スターケーブ内では、何も現実には存在しない。

 ただし、探検家だけは“本物”だ。アルバート・ユーミン・リン(Albert Yu-Min Lin)、30歳。精悍に日焼けした相貌は、研究室よりも大草原を馬で疾駆するのが似合い、かつてユーラシア大陸を駆けめぐったモンゴル騎兵の血がなお残っているかと思わせる。



カリフォルニア大学サンディエゴ校のStarCAVEで
北モンゴルのデジタルデータを分析するアルバート・リン。
Photo courtesy of Erik Jepsen
 「いつの時代も先駆者は、最新のテクノパワーを以て先端を切り開いてきた。私たちの研究チームも、最新のアプローチで古くからの難題に挑戦している。誰も到達できなかった場所を目指す。目標は私も同じだ」とリンは言う。「環境・文化・政治的な障害のため、探検の難しい地域が存在する。しかし、今日の技術があれば、古い障害を乗り越えるチャンスが生まれる」。



チンギス・ハーンの墓
 2009年にリンらの調査隊が探査したモンゴルの“立ち入り禁止地帯”は、まさにそうした対象だった。一般の地図には記されていない。軍の機密施設のように。実際、ソ連支配の時代には“軍事施設”に指定されていた。モンゴル北部ヘンティー県の奥深く、「イフホリグ(Ikh Khorig)」の地。「大いなる禁忌」という意味で、通常は立ち入りが禁止されている。

 1227年にチンギス・ハーンが没してから1991年まで、約230平方キロの立ち入り禁止地帯は世界のどの場所よりも接近し難い場所だった。死の直後、残されたモンゴルの将軍たちは、50家族からなる百戦錬磨の集団「森のウリヤンカイ」に対し、「この地に住み、あらゆる侵入者を殺せ」と命じた。例外は、この場所への埋葬が許されていたチンギス・ハーンの直系子孫の葬列だけだった。こうした過度な秘密主義から、多くの人は「遺体はこの一帯のどこかにある」と推測してきた。

 チンギス・ハーンが築いた帝国の広大さは、ナポレオンとアレクサンドロスの帝国を合わせても遠く及ばない。そうとうな財宝が遺体と一緒に埋葬されていると考えられる。1924年にソ連がモンゴルを支配下に収めると、チンギス・ハーン崇拝はナショナリズムを喚起するとして危険視された。祖国の英雄にまつわるさまざまな要素が排除され、「森のウリヤンカイ」もソ連軍によって一掃されてしまう。ただし、イフホリグの監視体制は、極秘の軍事施設として維持される。70年近く後の1991年、ソ連崩壊に伴ってようやく規制緩和が始まった。しかし、封鎖から800年近くがたった今日でも、ここに入れるのはごく限られた考古学者、生物学者、環境学者だけである。

 調査に対する規制は為政者によるものだけではない。モンゴル人にとって、チンギス・ハーンの墓は極めて神聖な場所である。地面を掘って墓所をあばくことは、歴史の解明より前に、冒涜であると考える人は多い。墓を荒らせば、終末をつかさどる霊が解き放たれ、世界に終わりがもたらされると信じる住民もいる。





モンゴルへ
 “立ち入り禁止地帯”に至るまでの10年間に、リンはパキスタンやカンボジア、中国、チベット、モンゴルなど、さまざまな辺境を夏季に1人で訪れた。人類共通の文化遺産を探し出して保護するという彼の情熱は、その経験により培われたと言える。

 「モンゴルでは馬を買って地方まで走り、遊牧民と一緒に生活しようと思っていた。荷物は着替え1着とGPSだけ。みんなにはクレイジーだと言われた。でも、クレイジーと言われれば言われるほど、皆が間違っていることを証明したくなった」。

 「モンゴルには、1000年前からあまり変わっていないような生活と世界が広がっていた。その中心には独特の存在感を放つチンギス・ハーンがいたが、その真の姿は歴史の中に埋もれていたんだ」。

 このモンゴル行は2007年、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)大学院で材料科学および工学プログラムにより博士号を取得する前年だった。「自分たちの家族は北部の出身だといった祖父の言葉の意味を知りたくて、荷物を詰めて北京行きのチケットを購入した」という。

 大学院を終える際、元香港映画スターの母と天体物理学者の父は、「ラーメンよりもステーキが食べられるような職をすぐ探すように」と強く望んだという。しかし、リンは大学院後の経歴をハイリスク・ハイリターンのプロジェクトから始めることに決めた。生活が安定する見込みはほとんどなく、成功する可能性はゼロに等しい賭けだった。

イフホリグ - “立ち入り禁止地帯”
 母校UCSDが墓探索の出発点として最適であると気付いたリンは、自分の思いを行動へと移す。大学の友人の中には、無人航空機やリモートセンサー、地理情報システムなど、さまざまな分野の専門家がいた。これらをうまく組み合わせれば、昔ながらの考古学探検に最先端技術の利点を統合することができる。都合の良いことに友人たちは、リンと同じようにロッククライミングを好み、未開の地で過ごすことも平気で、冒険と言えば目の色を変え、右と言えば左という仲間が揃っていた。

 ナショナル ジオグラフィック協会/ウェイト助成金プログラムの支援も獲得したリンの研究チームは、翌2009年の7月初旬にはロシア製のレンタルトラックに乗ってモンゴルの首都ウランバートルの北方を走っていた。地図上では、イフホリグの最初の目的地には6時間で到着する予定だった。しかし、車の故障、深い泥の穴、ヤギのけが、車輪を取られる湿地が待ち受けており、さらに立ち入り禁止地帯の入り口では、こちらの言い分にまったく耳を貸さない警備員が立ちふさがった。結局、最初のベースキャンプとなる2つのゲル(移動式住居)を設営したのは2日後だった。

 3週間かけて立ち入り禁止地帯周辺を探索。見渡すかぎり未開の地を徒歩やウマに乗って進んでいく。探検隊は、オオカミの襲撃や無人航空機の爆発炎上などの困難に立ち向かった。ヤギのステーキ、ヤギのシチュー、ヤギ肉入りのパンらしきものを食べ、馬乳酒で胃袋に流し込んだ。


チンギス・ハーンの墓を求めて、ゲルから出発する調査チーム。
Photo courtesy of Nathan Ricklin
 ある日の午後、谷を渡っている最中だった。リンは、ほかに何もない平原の真ん中に草の茂った小さな丘を発見した。妙に左右のバランスが取れていた。「埋葬塚に違いない。しかも大きさから判断して王家の可能性が高い」。周囲は低木の茂みにぎっしりと覆われ、イノシシが大量に生息している。探検隊はものともせずに押し進み、丘の上までよじ登った。さっそく地下調査を実施したが、丘はただの丘だった。

 探検隊の落胆は、すぐ次の興奮に取って代わることになる。2日後、ある山に登り、かなりの高さの山腹にある古代神殿に到着した。それまで誰も調査したことのない場所だ。発掘は一切行わない。最近木が倒れた後の露出した地面を調査しただけで、素晴らしい人工物が大量に発見された。中には、堂々たるライオンの顔が浮き彫り模様で施された粘土のメダルもあった。チンギス・ハーン時代の遺物に間違いない。

 最終的にリンの研究チームは、埋葬地候補を数十カ所特定して調査行を終えた。アメリカに戻ってからも、リンはリストの更新を続けている。実世界のデータをスターケーブのバーチャルワールドに変容させ、足を伸ばせなかった地域を、冒頭で紹介したように探索するのだ。




バーチャル探検家
 「直接触れなくても地下を調査する方法はたくさんある」とリンは説明する。熱探知画像システムを使えば、地球から発せられる熱信号や特定のパターンを検知して、地下に何が眠っているのかを明らかにできる。地球の磁場を計測する磁気探知機も欠かせない。顕微鏡で腐食木材からバクテリアを見つけるように、地下の手掛かりを精密に特定できる。地中探知レーダーは、跳ね返ってくる画像から地下の物体や障害要素を教えてくれる。人が行けない場所のデータ収集は、小型のリモートワイヤレスセンサーを活用する。

 現場で過ごす時間を重視するのは言うまでもないが、実世界のデータをバーチャルワールドに変容させれば、足を伸ばせなかった地域も探索することができる。

 「従来の考古学的手法を使うと、信仰を踏みにじることになる」とリンは述べる。「遺跡にダメージを与えない方法で踏査できれば、文化の違いを尊重しつつ、古代の秘密解明につながる可能性がある。モンゴル人研究者の懸念も払拭して、参加を促せるだろう」。

 リンの研究チームは分野横断型の人員で構成されており、ハイテクの“おもちゃ”をずらりとそろえている。その舞台は「カリフォルニア通信情報機構(Calit2)」。学際的な協力の推進を目的にカリフォルニア大学が設立した研究施設で、デジタル3Dによる没入型バーチャル技術に関して世界トップクラスの水準を誇る(スターケーブはその技術をもって作製された)。リン自身の研究成果もすぐにほかの研究者の成果と連携させることができるという。

 「技術の使い方が重要だ。本来の意図に縛られる必要はない。特定の分野のツールであっても、まったく別の用途に活用できる可能性がある。私は“考古学的人工物の探査に使えないか”と考える。さまざまな分野で数多くの先駆者が存在するからこそ、私たちも挑戦できるんだ」。

 「このような新しいアプローチは、あらゆる種類のプロジェクトに恩恵をもたらすだろう。モンゴルなど各地域の全体像の把握だけでなく、動物の渡り経路の追跡、脳のマッピングなどにも応用可能だ」とリンは話す。

 リンは次のようにも語る。「最新技術の力を考えれば、探検だけでなく、保護への活用も重要だ。科学技術は地球に対してさまざまな問題を生み出してきた。技術を可能な限り上手に使い、何とかして地球に還元する。そして、野生生物や生息環境、文化、歴史を保護するべきだ。進歩がなぜ重要なのか、いまこそ考える必要がある。何でもマシンのように速くなれば進歩なのか。それともより“人間らしく”生きるべきなのだろうか」。


超高分解能衛星画像を表示できるCalit2のHIPerSpaceの前に立つアルバート・リン。
Photo courtesy of Erik Jepsen
チンギス・ハーンの夢
 リンは、ナショナルジオグラフィック協会の支援の下、「モンゴル・フィールド・エクスペディション」というプロジェクトを立ち上げている。これは、インターネットを通じて、誰もが気軽にチンギス・ハーンの墓所の探索に参加できるという画期的なプロジェクトだ。「モンゴル・フィールド・エクスペディション」のサイトを訪れてユーザー登録をすれば、Google Mapに表示される地形や建造物をクリッピングしていき、墓の在りかへのヒントを指し示すことができる。

 無論、墓所の発見がゴールではない。「長期的な目標は、モンゴルの文化的な遺産を保護するためのメカニズムを構築することだ。これはモンゴル以外の世界にも大きな影響を持つと思う。モンゴルは近代史に繋がる基礎の多くを作り出した。チンギス・ハーンは夢を持った一人の男だった。自らの部族を統率し権力を得て、すべての部族を統一し、史上最大の帝国の基礎を築いた」。

 「しかし、チンギス・ハーンの物語はまだ語りつくされていない。成し遂げたことの偉大さは、いろいろな意味でまだ十分に評価されていない。チンギス・ハーンが東洋と西洋を結んだからこそ、今日の世界が存在する。彼が築き上げたつながりは現在も絶えることがない。墓所の特定によって、貴重な文化遺産の保護がいかに重要か、世界に向けて訴えることができると期待している」。

 「我々自身の文化的な過去の基盤の本当の歴史を多くの人と共有すること、それがこのプロジェクトの最大のゴールなんだ」。


(2012年1月16日公開)

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