2012年2月17日金曜日

苦境の電機大手、日本はいま「人材の端境期」

大手電機メーカーを中心に日本の輸出型企業が苦戦している。先ごろの報道によれば、円高やタイ洪水、欧州危機が国内輸出産業の利益を圧迫し、2012年3月期の上場企業の連結経常利益は前期比21%減少する見通しだという。

日本企業は「∞(無限大)苦」に直面している
 日本の産業界の苦境に関して、「六重苦」と表現されることが多い。

 「六重苦」の中身は、多少の違いはあるものの、おおむね次のように集約される。「円高」「高い法人税」「電気料金の値上げと不安定な供給」「環境対策への負担」「貿易自由化への対応の遅れ」「各種労働規制の強化(パートタイマーにも厚生年金の加入を義務づけるなど)」――といったものだ。

 もちろんこれで主だった内容は押さえられている。だが現実には、日本企業に重くのしかかっている「苦」は六つでは済まない。以下の図をご覧いただきたい。


 たとえば「空洞化」という問題がある。顧客が海外に逃げてしまうと、発注そのものは日本で受けることができても、細かい打ち合わせや納品・検品などは中国やベトナムで行わざるを得ないといった事態が想定される。これは特に中小の部品メーカーなどにとっては大きな負担になる。

 それから「自然災害」。首都直下型地震の発生予想確率が発表され、大きな話題になった。また、富士山周辺では火山活動が活発になっているというニュースもある。

 「政治不安」も大きい。過去7年の間に7人も首相が代わり、しかもその多くが明確なビジョンを示さず、リーダーシップも発揮していない。この政治の混迷が企業の業績に大きくブレーキをかけていることは疑いもない事実である。

 そのほかに「高齢化」も見逃せない。それは「需要減退」に結びつくのは無論のこと、年金や医療費などの増大による「予算不足」の原因にもなる。

 思いつくところだけを列挙しても、これだけの「苦」がある。業種・業態によってはさらに別の「苦」があることだろう。それらを一つひとつカウントしていけば、「六重苦」どころか「∞(無限大)苦」になる。

Next:ソニーの新社長はソフト部門出身で大丈夫か



ソニーの新社長はソフト部門出身で大丈夫か
 「大手電機メーカーの業績が減速」という話に戻すと、戦後日本を牽引してきた大手製造業の苦境が明確になっている。ソニーは2月2日、2012年3月期決算の純損益が2200億円の赤字に拡大する見通しを明らかにした。またパナソニックも3日、2012年3月期の最終連結損益が過去最大の7800億円になるとの見通しを発表した。

 下はパナソニックとソニーの純損益の推移である。


[画像のクリックで拡大表示]
 両社とも2008年あたりから業績が急激に低迷しているのがわかる。そもそも論で言えば、企業は純損益がマイナスになった時点でウミを一度に出し切ってV字回復を果たさなくてはならない。それがダラダラと悪化している理由の一つは、トップのリーダーシップ不足だ。

 ソニーは1日、平井一夫副社長が社長兼最高経営責任者(CEO)に昇格し、ハワード・ストリンガー氏が会長兼社長CEOを退任する人事を発表した。ストリンガー氏は取締役会議長としてソニーに残る見通しだが、これはおかしい。本来なら彼は、業績を回復できなかった責任を取って辞めるべきだ。

 平井氏の手腕については未知数の部分も多いが、彼のキャリアを見る限り、この人事に不安がないわけではない。平井氏はCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社後、ソニー・コンピュータエンタテインメントを経てきている。つまり、「ソフト畑」の人なのだ。

 だが、いまソニーが直面しているのは同社のお家芸である「ハード」の売り上げ不振にほかならない。ハードに課題があるのに、ソフト部門出身のCEOがうまく切り盛りできるのかどうか。それでなくともソニーには、1991年代後半の出井伸之氏の時代からストリンガー氏の現在に至るまで、ずっとハード部門をいじめてきた歴史がある。

 私はソニーの保守本流たるハード部門の人材を引き立てていかないかぎり、劇的な回復は難しいと考える。




身びいき意識によって近視眼的な思考に陥りやすい
 苦戦する大手電機メーカーの中で、「ほとんど唯一」の黒字化を果たしたのが日立製作所である。2日に発表された2011年4-12月期の連結決算では、純利益は852億円の黒字を確保したという。下は日立製作所のデジタルメディア・民生機器部門について営業損益の推移を示したものだ。


[画像のクリックで拡大表示]
 グラフから、デジタルメディア・民生機器による利益はマイナスもしくは極めて低水準で推移しているのがわかる。つまり、日立の利益の大半はそれ以外、すなわち得意とするソリューションやインフラ関連の事業からもたらされているのだ。

 とはいえ、日立も安穏としてはいられない。まず「純利益が852億円」とはいえ、前年同期と比較すれば実に61%もの減だ。またこうした大企業では、「成績のいい部門」を統括する人物がトップになるのが通例である。そうなると、どうしても身びいきの意識が働いて自分の出身部門を優遇し、その他の部門を冷遇してしまいがちになる。

 この身びいき意識によって、ともすれば近視眼的な思考に陥りやすい。また当座はうまくいっても、いずれスピーディーな意志決定ができなくなる。意志決定の遅れは当然、これまで好調だった部門の成長も鈍らせ、やがては全体がずぶずぶと沈んでいく――。ソニーやパナソニックもそうだが、いま業績を落としている大企業の大部分はこのパターンにあてはまる。日立がそうならない保証はどこにもない。

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)の中興の祖と言われたジャック・ウェルチは最小事業部であるエンジニアリングプラスティック出身だ。大企業病に陥っている巨大事業本部の疾病をよく観察していたので会長就任早々、大胆な改革を容赦なく実行した。




国内外で1万人規模削減の「NECショック」
 電機大手でソニーやパナソニック以上に深刻なのはNECだ。同社は1月26日、国内外合わせて従業員1万人の削減を含めた構造改革計画を発表した。同社も円高やタイ洪水、欧州危機などの影響で業績の回復が見込めないことから、人件費を減らして収益回復を目指す考えだという。

 この「国内外で1万人規模の削減」について、日本はもとより、世界でも「NECショック」として注目されている。実際には数年前にも2万人削減を打ち出しているが、その時はあまり注目されなかった。

 米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズはNECの長期格付けを「BBB」から「BBB-」に一段階引き下げたと発表した。あと一段階下がれば「ジャンク」になるレベルで、年金ファンドや生保などに組み込むことが難しくなる。つまりNECはそこまで追いつめられているわけで、ここで人員削減ではない新たな方向転換策が出てこないと苦しいだろう。

 下はNECの業績推移である。


[画像のクリックで拡大表示]
 赤い折れ線は純損益を示し、2009年度にV字回復したように見える。しかし金額を確認すれば赤字から回復しただけで、NECは2006年度以降ほとんど利益を出していないことがわかる。売上高は2006年度に4.5兆円あったものが年々落ちてきて、2011年度(予想)は3兆円程度になっている。

Next:一刻も早い方針転換で、NECの「N」を「G(グロー...



一刻も早い方針転換で、NECの「N」を「G(グローバル)」に
 同社の業績悪化は当然、株価にも反映している(下グラフ)。


[画像のクリックで拡大表示]
 2000年には3300円くらいあったものが、2012年2月3時点では152円と、約1/20になってしまった。時価総額は3959億円だ。売り上げが約3兆円あることを考えれば、あまりにもアンバランスな株価と言わざるを得ない。

 このアンバランスな状態につけ込むと予想されるのが中国、インド、ロシアといった新興国の企業だ。もしもNECの自力再建が難しくなれば、同社の優良部門が格好のM&Aの対象になるだろう。日本国内はいざ知らず、新興国の企業にとってはNECの持つブランド力や技術力は依然として魅力的なはずだ。

 私たちが長く慣れ親しんだ「NEC」のブランドロゴから「N(=Nippon)」の一文字がなくなり、その代わり「C(=China)」「I(=India)」「R(=Russia)」の文字が入る日が来ないともかぎらない。それは資本主義の掟なのだが、しかし日本を代表する名門企業の斜陽にはただ「残念」としか言いようがない。

 一刻も早い方向転換でNをG(グローバル)に置き換える状況に達することを祈らずにはいられない。




日本はいま「人材の端境期」にある
 日本の輸出型企業が選択すべき道は一つだ。国外の伸び盛りの地域で、強い地歩を確立していくことである。もちろんこんなことは今さら私が指摘するまでもなく、すべての経営者が認識していることだと思う。

 しかし、どの経営者もくたびれ切っていて、「国外で地歩を固める」という意欲はあまり期待できそうにない。

 では若いビジネスパーソンなら期待できるかというと、それもかなり微妙だ。長引く不況で企業が軒並み新卒採用を減らしている中、「次世代のリーダーたらん」という覚悟を持って社会に出てきた若者はどれだけいるだろうか。おそらく大部分は「黙って会社の言うことを聞く」という学校秀才タイプで、そういう人材が新天地を開拓してやろうという気概を持っているとは考えにくい。

 私は現在、「日本は“人材の端境期”に来ている」という認識でいる。時代を切り開かんとするエネルギーが存在しないわけではないのだが、トラクション(摩擦)が少なくなっているため、次の一歩がなかなか踏み出せない人が増えている――。そんな印象を持っている。

 このシリーズで人材の問題、日本の優良企業の陥っているガター(溝)からの脱出方法を引き続き考察していきたい。

報告書「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」
 米MITで原子力工学博士号を取得し、日立製作所で高速増殖炉の炉心設計を行っていた大前研一氏を総括責任者とするプロジェクト・チームは、「民間の中立的な立場からのセカンド・オピニオン」としての報告書「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」をまとめ、細野豪志環境相兼原発事故担当相に10月28日に提出しました。
 報告書のPDF資料および映像へのリンクは、こちらです。最終報告、補足資料はこちらをご覧ください。


■コラム中の図表は作成元であるBBT総合研究所(BBT総研)の許諾を得て掲載しております
■図表、文章等の無断転載を禁じます
■コラム中の図表及び記載されている各種データは、BBT総研が信頼できると判断した各種情報源から入手したものですが、BBT総研がそれらのデータの正確性、完全性を保証するものではありません
■コラム中に掲載された見解、予測等は資料作成時点の判断であり、今後予告なしに変更されることがあります
■【図表・データに関する問合せ】 BBT総合研究所, http://www.bbt757.com/bbtri/
大前研一の「「産業突然死」時代の人生論」は、09年4月7日まで「SAFETY JAPAN」サイトにて公開して参りましたが、09年4月15日より、掲載媒体が「nikkeiBPnet」に変更になりました。今後ともよろしくお願いいたします。また、大前氏の過去の記事は、今後ともSAFETY JAPANにて購読できますので、よろしくご愛読ください。
『大前研一 洞察力の原点 プロフェッショナルに贈る言葉』(大前研一著、日経BP社)
◎目次
序――私の思考回路に焼きつけた言葉/答えのない時代に必要なこと/基本的態度/禁句/考える/対話する/結論を出す/戦略を立てる/統率する/構想を描く/突破する/時代を読む/新大陸を歩く/日本人へ
◎書籍の購入は下記から

0 件のコメント:

コメントを投稿